今回ご紹介するのは、ほとんどの生徒が指定校推薦で進学する高校から、慶應義塾大学文学部に逆転合格した中根さんです。
武田塾に入塾前は、もっとも苦手な国語が偏差値30台。参考書すらまともに読めなかったといいます。それでも平日6時間、休日8時間の勉強をやり切り、学年でただ1人の慶應合格を掴み取りました。
英語・国語・世界史をどう伸ばしたのか。逆転合格を目指す受験生はとても気になると思うので、ぜひ最後まで読んでみてください。
慶應義塾大学文学部とは
慶應義塾大学は、1858年に福沢諭吉が開いた蘭学塾を起源とする大学です。早稲田大学と並ぶ私立のトップ、いわゆる「早慶」の一角を担い、「独立自尊」の理念に福沢諭吉の精神を受け継いでいます。
そんな慶応義塾大学の中でも、中根さんが進学する文学部は、17専攻+2部門という幅広い分野を横断して学べることが特徴です。
専攻を決めるのは2年次からで、1年次はジャンルを問わずさまざまな科目に触れられます。
入塾までのストーリー
中根さんが通っていたのは、偏差値50ほどの高校。
「クラスにbe動詞がわからない子もいた」と振り返り、周りは指定校推薦で進学する人が大半で、一般受験をする同級生はごくわずかだったといいます。
高校受験で失敗した中根さんは、高校入学前から「絶対に大学受験で逆転合格する」と母親に宣言していたそうです。
ところが入学後は遊びのほうが楽しくなり、朝は眠くて起きられない日々に。見かねた母親に「本当にこれでいいの。立教に行きたいって言ってたよね」と呼び出され、忘れかけていた決意を思い出します。
塾選びの決め手は、YouTubeで見た武田塾チャンネルの塾予備校比較動画でした。
自分のペースで進められ、毎週の確認テストで「切羽詰まって勉強するのが自分に合っていた」とのこと。こうして高2の12月、武田塾ときわ台校への入塾を決めました。
高2の12月に入塾
武田塾入塾当初の偏差値は、本人の感覚で英語が50後半、国語は40切り、ほぼ手つかずの社会は40あるかどうか。平均すれば偏差値30〜40台というスタートでした。
それでも入塾を機に、勉強のスイッチが切り替わります。学校が終わればすぐ自習室へ向かって夜10時まで、土日も開校と同時に通い、平日6時間・休日8時間を当たり前にこなしました。
中根さんの原動力は「キラキラ大学生になりたかったから」。「言われたらやるタイプなので、宿題が出る武田塾の仕組みが合っていた」と笑います。
武田塾ときわ台校の先生
担当は国語と英語の2人の先生です。優しい国語の先生と、最初は怖かった英語の先生で、中根さんいわく「アメとムチ」でした。
特訓のたびに泣いてしまう時期もありましたが、そんなときは英語の先生も厳しさを引っ込め、個別指導で慰めてくれたそうです。食らいついていけたのは、先生たちの支えが大きかったといいます。
手応えを感じ始めた時期
転機は高3の11月。英語だけは志望校の合格点が取れるようになり、「私いけるんじゃない」と慢心して、一時は勉強が手につかなくなったほどでした。
それでも踏みとどまり、担当講師に「もっと頑張りたいので志望校を上げたい」と相談すると、「じゃあ慶應の文学部ならあるんじゃない」。この一言で、志望校を慶應義塾大学へと一気に引き上げます。
実際に使った参考書
英語は『大岩のいちばんはじめの英文法』から始め、単語・熟語は『LEAP』、文法の問題集をボロボロになるまで反復しました。
中身の書き込みを見れば、やり込みの跡は一目瞭然。偏差値50台後半だった英語を、慶應に届くレベルまで伸ばしていきます。
併願した他大学
慶應義塾大学以外も複数受験して、立教大学には、なんと過去問を解かずに臨んで合格。現代文の演習を第一志望だった明治大学の過去問で重ねるうちに、立教対策なしでも通用する読解力が育っていったようです。
一方で、東洋大学・武蔵大学は不合格で、第一志望の明治大学も振るわず、この時点では「もう浪人かな」と覚悟していたと語ります。
各分野の勉強法
得意になった英語に対し、国語と世界史はどん底からのスタートでした。とくに国語は、参考書すら読めなかった状態からの大逆転です。
中根さんが科目ごとにどう成績を伸ばしたのか、その中身を見ていきましょう。
国語
最初に取り組んだのが、間違えた問題の「原因」と「解決案」を自分の言葉でノートにまとめる作業でした。
当初は参考書の丸写しだった解決案も、「それでは他の問題に応用できない」という担当講師の指摘で、普遍的に使える形へ変えていきました。
もう一つの柱が要約です。中学生レベルの参考書の段階から全文章で実践し、最初は「写経じゃん」と言われるほど写すだけでしたが、続けるうちに要点の取捨選択ができるようになりました。
『田村のやさしく語る現代文』には3か月を費やし、一度は受験をやめようと思い詰めたほど苦戦しました。
それでも要約の書き方まで載った『現代文読解力の開発講座』で力を伸ばし、「結局あれで国語力が一番伸びた」と振り返ります。毎日1文は必ず読む地道な積み重ねが、最後に実を結びました。
小論文
慶應義塾大学文学部の入試には小論文があります。武田塾の小論文特訓をオンラインで受講すると、担当の先生から「要約が今まで見たなかで一番できている」と評価されました。
つまずいたのは意見を書くパート。最初は体験談を具体例に入れてしまいましたが、「客観的な具体例を入れなさい」と指導され、ニュースや世界史の冷戦を例に使う工夫で書けるようになっていきます。
世界史
世界史は塾に入るまで一度も勉強したことがなく、まさにゼロからのスタート。
『茂木誠の世界史探求が面白いほどわかる本』が読めずつまずきますが、YouTubeのムンディ先生の『世界史20話プロジェクト』で通史を理解し、『時代と流れで覚える!世界史用語』を並行して進めました。
さらに学校の先生のプリントを「自分だけのオリジナル参考書」に育て、一問一答の知識や地図を書き込んで一冊に集約。苦手科目を得点源に変えました。
慶應義塾大学を受験したときの思い出
実は中根さんの合格秘話には不思議な後日談もあります。
明治大学や立教大学では何も感じなかったのに、中根さんには慶應義塾大学文学部の受験日だけ「福澤先生に呼ばれている」という直感があったそうです。母親には「勘違いだからやめな」と言われたものの、実際その日以外はすべて不合格。
呼ばれた気がした文学部にだけ受かるのですから、努力を続けた人にだけ訪れる引き寄せだったのかもしれません。
武田塾ときわ台校に通った感想
振り返って「武田塾はめちゃくちゃ合っていた」と語る中根さん。向いている人を尋ねると、「私みたいに逆転合格したい人、言われたことはやる真面目な人」と答えてくれました。
授業時間外にも一問一答に付き合い、自分が受ける年度の慶應義塾大学の英語を解いて「ここがポイント」と教えてくれる。そんな親身なサポートも合格を後押ししました。
国語が大の苦手な偏差値30台からの逆転合格は、学力に合わせて参考書を選び、確認テストで習熟度を測る武田塾の個別指導だからこそ実現したものです。
受験生へのメッセージ|まとめ
中根さんから受験生へのメッセージは、こうでした。「最後まで不安は消えないけど、試験会場で席に座った瞬間、合格の可能性はゼロではなくなる。どんなに辛くてもやめないことが大切です」。
涙しながら参考書に向かった日もありながら、手を緩めず食らいついた結果、学年で唯一の慶應義塾大学合格を勝ち取った中根さん。
英語・国語・世界史をどれも武田塾の参考書ルートで仕上げきった努力は、これから逆転合格を目指す人の道しるべになるはずです。








