今回は、現役時代と1浪目を大手予備校で過ごし、2浪目に武田塾 盛岡校へ入塾して岩手医科大学医学部に逆転合格した葛西くんをご紹介します。
中学時代から医師を志し、医学部を目指してきた葛西くんですが、現役時代も1浪目も思うように成績は伸びず、模試の判定はE判定のまま。
しかし、2浪目に武田塾に入塾して勉強法を大きく見直し、基礎からの徹底的な演習と復習を重ねたことで成績は大きく上昇!見事合格をつかみ取りました。
今回は、そんな葛西くんの合格までの軌跡をご紹介していくので、全国の高校生・浪人生はぜひご覧ください。
岩手医科大学 医学部とは
葛西くんが見事合格した岩手医科大学は、岩手県にある私立の医療系大学です。
岩手医科大学の中でも医学部は、医師を目指す学生が専門的な知識と実践力を身につける学部であり、毎年多くの受験生が高い志を持って挑戦しています。
医学部受験は学力だけでなく、継続力や自己管理能力、さらに面接での人間性も問われる戦い…。
葛西くんも長い受験生活の中で、自分自身と向き合いながら力を積み上げ、最終的に岩手医科大学医学部への合格を果たしました。
現役時代
葛西くんは中学生の頃から医師になりたいという思いを持っており、高校時代もずっと医学部志望でした。
高校3年間は大手予備校である河合塾に通っていましたが、普段から自分で勉強する習慣がなく、塾で映像授業を見ることが中心になっていたそうです。
授業は受けていたものの、その内容を自分の力で反復し、定着させるところまでできていませんでした。
その結果、高1の頃は進研模試で偏差値65ほどあった成績が、受験期には偏差値50を下回るまでに低下。
結局、受験直前まで判定もずっとE判定のままで、現役時は科目を絞って私大を受験したものの、夢の医学部合格には届きませんでした。
1浪目の苦戦と絶望
1浪目は友人に誘われて東進に入塾しました。
映像授業自体はとても面白く、内容にも感動したそうですが、「面白かった」で終わってしまい、最も大切な復習や演習が十分にできなかったと振り返っています。
結局、自分で解けるようになるまで落とし込めず、成績は思うように伸びませんでした。1浪目も偏差値は60に届かず、判定はE判定のまま。
受験生活の終盤には、「この長かった1年をもう1回やるのか」と強い絶望を感じ、完全に諦めモードに入ってしまっていたそうです。
武田塾を選んだ理由
そんな葛西くんが2浪目に選んだのが武田塾盛岡校でした。
現役時代から1浪目までを通して痛感していたのは、自分には演習量(アウトプット量)が圧倒的に足りないということ。
授業を受けるだけでは伸びず、自学自習と反復を徹底できる環境が必要だと感じていました。
その中で武田塾を選んだ決め手は、「一番演習量を確保できそうだったから」でした!
入塾後は、それまでの「映像を見て少し復習する」勉強スタイルから、「ほぼ全ての時間を演習と復習に充てる」スタイルへ大きく変化。
最初は復習にも時間がかかっていたものの、徐々に理解が深まり、復習時間が短くなるにつれて解ける問題の量が増え、成績は一気に上向いていきました。
勉強法
ここからは、武田塾盛岡校での1年間を通して、数学の偏差値43から医学部受験でも合格を狙える水準まで成績を伸ばした葛西くんの勉強法をご紹介します。
基礎からのやり直しや参考書への書き込み、隙間時間の使い方など、実際に成績向上につながった取り組みを見ていきましょう。
基礎から徹底してやり直す
葛西くんは2浪目であっても、あえて基礎から徹底してやり直しました。
そのため、医学部志望でありながら、数学は『入門問題精講』からスタートです。
「入門」という名前から簡単な内容を想像していたものの、実際には基礎固めとして非常に重要な内容が広く含まれており、「ここまで基礎をやるのか」と衝撃を受けたそうです。
しかし、基礎のやり直しこそが、その後の応用問題や発展問題につながりました。
武田塾入塾時には数学の偏差値は43でしたが、最終的には56〜68まで伸び、他科目にも良い影響を与えるようになります。
参考書への書き込みで思考を残す
葛西くんは、ただ丸付けをして終わりにするのではなく、参考書に直接たくさん書き込みをしていたそうです。
たとえば、「なぜこの問題が解けなかったのか」「どこで発想すればよかったのか」「解答はどんな流れで進んでいくのか」といったことを、自分の言葉で整理して残していました。
必ず細かく復習することの積み重ねによって、初見の問題でも方針を立てやすくなり、別の問題にも応用が利くようになっていったそうです。
知識を増やすだけでなく、どう考えるかまで可視化していた点が大きな強みだったといえます。
また、参考書以外にも大量の紙にメモを書き殴っていたそうです。
メモには知識だけでなく、「どうせ解けるんだから冷静に」といった自分への声かけや、今の自分に足りないこと、意識すべきことなども含まれていました。
勉強内容だけでなく、自分の状態そのものと向き合っていたことが伝わってきます。
隙間時間まで無駄にしない
2浪目の4月から、葛西くんは「受験は絶対に時間が足りなくなる」という強い危機感を持っていたそうです。
1浪目の終わりに、「本当はこの単元までやりたかった」という不完全燃焼感が残っていたこともあり、2浪目では時間を無駄にしないことを徹底。
自転車で図書館へ向かう途中、赤信号で止まっているわずかな時間ですら、直前に解いた問題を思い出してスマホにメモしていたといいます。
大きな勉強時間だけでなく、日々の小さな時間まで学習に変えていたことが、最終的な差につながっていきました。
睡眠を削らず毎日勉強を続ける
葛西くんは毎日、図書館の開館に合わせて朝から入り、閉館まで勉強する生活を続けており、勉強時間は1日12〜13時間に及んでいたそうです。
ただし、長時間勉強していた一方で、睡眠は7時間をしっかり確保していました。
無理に睡眠を削るのではなく、夜にきちんと休み、朝から切り替えて勉強することで、昼間や午前中に寝落ちしてしまうことを防いでいたそうです。
睡眠時間を削らないという選択を守った結果、常に「今日も勉強したな」と思える満足感のある1日を積み重ねることができました。
ただ長く机に向かうのではなく、毎日を不完全燃焼で終わらせない工夫をしていたことが印象的です。
医学部の面接対策
岩手医科大学の面接では、単に「どんな医師になりたいか」だけでなく、「これまでどういう人間として過ごしてきたか」「何に力を入れてきたか」といった人となりを深く聞かれたそうです。
葛西くんは、高校時代に取り組んでいた卓球部や生徒会活動の話を中心に準備しました。
特に、生徒会では議長として委員会ごとの役割分担や、生徒会長とのすり合わせに力を入れた経験を話したところ、面接官の反応がとても良かったといいます。
また、想定外だったのが課題型の面接です。
病院で着る4種類のユニフォームが提示され、価格や生地、長袖・半袖などの条件を踏まえて1つ選び、その理由をプレゼンするという内容が出題されました。
葛西くんは、その中から「緑色で比較的安価かつ清潔感のあるもの」を選択。
さらに、「手術で赤い血を見た後に白いものを見ると残像が残りやすい」という医学的な知識を交えて説明し、その場でしっかり対応することができたそうです。
武田塾の良かったところ
葛西くんが通っていた武田塾盛岡校は駅前にあり、駐輪場もあって通いやすい環境だったそうです。加えて、大きかったのが校舎長の存在でした。
ベテランの那須川校舎長は、葛西くんの話を絶対に否定せず、何でも褒めてくれたそうで、特に嬉しかったのは、宿題を進捗通りにこなすたびに毎回しっかり褒めてもらえたこと。
地道な努力を認めてもらえることでモチベーションを保ちやすくなり、自信を持って勉強を進められたそうです。
受験勉強では、自分の努力が正しいのか不安になることも少なくありません。
そんな中で、前向きに支えてくれる存在がいたことは、葛西くんにとって非常に大きかったのではないでしょうか。
合格の瞬間
長い受験生活を経てつかんだ合格でしたが、合格が決まった瞬間は意外にもあっさりしていたそうです。
本人としては、ゴールテープまで全力で走っていたつもりだったものの、気づいた時にはすでに切っていたような感覚だったと語っています。
大きな感動に包まれるというよりは、やるべきことを必死に積み重ねた先に自然と結果がついてきた、そんな感覚に近かったのかもしれません。
ただ、合格した今も「自分はまだまだだから頑張らなきゃいけない」と、さらに高い志を持っているそうです。
武田塾での1年を振り返って
葛西くんは、武田塾での1年を振り返って、単に受験結果だけではない大きな収穫があったと話しています。
目の前の問題に対して、どう考え、どう向き合い、どう解決していくのか。
そのアプローチを自分なりに見つけられたことが、本当に良かったと感じているそうです。
大学受験の勉強は決して楽なものではありませんが、その期間を通じて自分自身を見つめ直し、自分なりの問題への対処法を身につけられたことは、今後の人生にもつながる大きな財産になったはずです。
受験生へのメッセージ
最後に、葛西くんは受験生へ向けてこんなメッセージを送ってくれました。
「自分がなりたいものに対して、真摯に向き合うべきだと思っています。自分がやりたいものだからこそ、自分の力を注げると思います。なりたいものがすでにある人は、自分を信じて突き進めばいいと思います。」
医学部受験は簡単ではありません。
それでも、自分の目標に本気で向き合い、必要な努力を積み重ねれば、状況は大きく変えられることを葛西くんは証明してくれました。







