完璧な一冊とはなにか

●完璧な一冊

参考書やテキストにおいて、その内容から出題し、
答えられない問題などがない状態のものを「完璧な一冊」という。

目の前に青チャートがあったとする。
そこに掲載されている問題をどこから出題しても正解できる受験生がいれば、
その生徒の偏差値は60を越えていると思うだろう。

また、日本史の一問一答において
どこから出題されても正解の語句・年号を答える生徒がいれば
その生徒も偏差値60を越えている可能性が高い。

しかし、多くの受験生は
「このテキストはどこから出題されても答えられます」と
自信を持って言える生徒は極わずかである。

今までの人生において、
小学校、中学校、高校、塾・予備校において
大量の教科書・テキスト・参考書を解いてきたと思うが、
それらは「解いた」だけであり、完璧に「解ける」ようにはなっていない。

つまり、すべてやりっぱなしの状態である。
そのため、偏差値が上がらない。

●完璧な一冊はなぜ重要なのか

単語帳を10冊やった、問題集を5回解いたといっても、
このことに意味はあまりないことにみなさんは気付くだろうか。
参考書を10冊やっても、5回解いても、その単語帳や参考書から出題して、解けなければ意味がないのだ。

受験生は英語の学習を文法から開始するが、
高校で英文法を習わなかったのかを思い出してみてほしい。
どの学校でも英文法のテキストがあり、そのテキストの全範囲を終えているはずだ。

しかし、多くの受験生は英文法ができない。身についていない。

そのため受験勉強としてまた別に英文法の参考書を開始する。
学校で英文法を習ったはずなのに、できないのである。

その理由は、学校で習いっぱなしにし、解きっぱなしにしているからである。
テキストの内容が身についていないのだ。

だからもう一冊、
学校の文法のテキストとは別に受験参考書を購入しやらなければいけない。

数学も同じである。
授業で一通り教科書レベルの問題を習ったり、解いたりしているはずだ。

しかし受験勉強は教科書レベルから開始する生徒が多い。
これも結局、教科書の問題が身に付いていないから、
完璧になっていないから起きる現象である。

みな、授業を受け、問題を解き、なんとなく定期テストを乗り切っているだけであり、
完璧に身に付けた一冊というものが存在する生徒は極わずかである。

学校のテキストでも教科書でも、なんでも良いので完璧な一冊があれば相当な知識が揃うはずだ。

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